鹿児島地方裁判所 昭和23年(ぬ)38号 判決
右の者等に対する暴力行爲等処罰に関する法律違反、業務妨害被告事件につき、当裁判所は檢事田中伊之助関與の上審理して、次のように判決する。
主文
被告人大淵正氣を懲役六月に、同綿谷済美、同藤田弘、同柿内淸藏、同山之上藤一郞を各懲役三月に処する。
未決拘留日数中、被告人大淵正氣、同綿谷済美に対して各二十日を同藤田弘に対して十五日を、いづれも右本刑に算入する。
被告人柿内淸藏、同山之上藤一郞に対して、それぞれ本裁判確定の日から一年間、右刑の執行を猶予する。
理由
被告人大淵正氣は日本共産党九州地方委員として同党鹿兒島縣委員会に勤務してゐるもの、同綿谷済美は肩書住居でプリント業を営み同党に加入しているもの、同藤田弘は第七高等学校理科第三学年に在学し日本靑年共産同盟鹿兒島委員同柿内淸藏、同山之上藤一郞の両名は鹿兒島市塩屋町七十番地に本店をおく薩摩木工株式会社の木工職人であるところ右会社は昭和二十二年六月製材業、木工挽物等を営むことを目的とし、資本金十八万円を以て設立され同二十三年一月二十五日森山明基が社長として就任するに及び、同年三月末現在で約二万円程度の欠損を生じていたがその経営よろしきを得てか漸次收益を得るの状態となり、同年五月初頃には從業員十七名余、毎月の給與総額三万円を算するに至り一方会社從業員十七名余は同年五月十二日薩摩木工労働組合を結成し、即日これが届出をなすと共に会社に対し賃金の倍額增加(毎月給與総額金七万円)等十七項目の要求書を提出したところ、同月十五日賃金値上以外の点では両者間に妥協をみたがこの一点につき主眼の一致を得ず、ついに五月十六日ストライキを宣言し同月二十一日会社に経営内容の発表を迫り会社側が同月二十五日までにこれを発表することを約したので、一應從前通り就業することにし同月二十二、二十三の両日は作業に從事、二十四日は定休日、翌二十五日労資双方協議を再開し組合側では毎月一万円(一人につき日給約二十五。六円)の増額を要求したが会社側では(一人平均日給十五円の増額を容認しただけで讓らずついに交渉は決裂するに至り、組合側は同夜午後八時頃生産管理に入る旨を宣言しその宣言書を会社側に手交すると共に会社工場の機械、設備を確保した被告人大淵は同労働組合員でないのに五月十四日から右爭議に参加して終始これを指導し、谷も同労働組合員でないのに五月二十六日から右爭議を應援し、同人等は外数名と共に同月二十六日夜会社裏一室の鬪爭本部に屯ろして機械、設備等が会社側から奪取せらるることを警戒し翌二十七日から生産管理の作業に從事するの態勢を整え被告人藤田は同労働組合員でないのに同日朝から同会社に赴き右爭議を應援し一方会社側では新に雇入れた下玉利正一を工場長として木工場の仕事にあたらせる計画をたてていた、かゝる情勢にあつた折柄
第一、被告人柿内、同山之上は、同月二十七日午前八時頃その職場である木工場で、自動鉋盤を使用して生産管理による作業行爲に從事しようとしたが、これに取付けてあつたベルトが一夜の内に会社側から取外されていて同機械の使用ができなかつたために、軽卒にも同会社所有で同年二月以來使用したことのない帶鋸機取付のベルトを切断しその一つを自動鉋盤に取付けようと協議し、被告人山之上において、右帶鋸用ベルトを二つに切断し、以て数人共同してベルト一本を損壞し
第二、同会社長森山明基は被告人柿内、同山之上の右所爲を目撃するや同人等から右会社所有のベルトを取戻して会社事務所に立去らんとした際、これを見た被告人大淵、同綿谷、同藤田は同人をおい、被告人大淵が同会社事務所入口において同人の正面から右腕を以てその頸に卷付けるようにして同人に抱き付き、被告人綿谷が同人の背後からその身体を抱くと同時に被告人藤田と共に同人が所持していたベルトを掴みこれを取戻そうとして引張り合い、以て三名共同して森山明基に対し暴行を加えた
ものである。
右の事実は
(一) 被告人等の当公廷における、被告人大淵が森山明基の腕の上から両手で同人に抱きついたのである、又被告人綿谷が森山明基の背後からその身体を抱いたようなことはないと弁解する外、各自関係部分につき判示同旨の供述
(一) 証人森山明基の当公廷における、私は薩摩木工株式会社の社長であるが、同会社労働組合が判示日に判示のような経緯で生産管理に入り、且つ判示日に判示のように柿内と山之上の両名がベルトを切断したので、私が切断されたベルトの一つを取つて事務所に持ち去ろうとして事務所の入口まで來た際、大淵が私の前方に立つて右手を以て私の頸に卷き付け、綿谷が私の後から私に抱きついてベルトを掴えたので私とベルトの引張り合いをしていると、間もなく大淵はその場を立去つたが、更に藤田が來て同人も綿谷に加勢してベルトの引張り合いをした旨の供述
(一) 押收に係るベルト一本(但し切断されたもの、証第一号)の存在によればこれを認定できるので、判示事実はその証明十分である。
弁護人は、被告人等の判示所爲は生産管理としてなされたものであるから労働組合法第一條第二項により正当な業務行爲であり、又被告人大淵、同綿谷、同藤田の所爲は生産管理として被告人柿内、同山之上が占有するものを奪取した森山明基の竊盜の所爲に対しこれを取還せんとしてなされた暴行であるから盜犯等の防止及処分に関する法律第一條の精神に則り正当防衞であり処罰すべきものでないと主張するのでこの点について判断してみたい。
先づ、生産管理が適法であるか否かにつき按ずるに、生産管理とは労働爭議において労働者の團体が爭議の目的を達成するため、使用者所有の工場、機械、資材、原料等生産の手段を一時その占有下におき、企業経営についての使用者の指揮命令を排除して自らその企業経営を担当する爭議である。右が労働関係調整法第七條にいう労働関係の当事者がその主張を貫徹することを目的として行う行爲で業務の正常な運営を阻害するものに該当することは明らかである生産管理はもともと使用者の所有権、占有権、経営権等を侵すものである以上、改正民法で私権は公共の福祉に遵うと規定せらるるに至つたとはいえ、その正当性については一つの限界がなければならない。
すなわち
第一に生産管理の主体は当該労働爭議の当事者である労働組合又はその組合員でなければならない組合員以外の第三者による生産管理といふものはありえないもし生産管理に第三者が参加した場合その第三者の行爲については労働組合法第一條第二項の適法はなくそのとつた行動が刑罰法令にふれる限りそれはすべて処罰の対象となる以上のことは同法第一條第二項第二條労働関係調整法第六條第七條の規定に徴し明かである。
第二にその爭議の目的は労働者の地位の向上と経済の興隆とに資するものでなければならない。尚その生産管理に入るの動機は使用者側にこれを認受しなければならないような自己の責に帰すべき事由がある場合、又は労働組合基金の実状その他具体的情状よりして組合が要求貫徹のために、生産管理に入ることしか客観的に期待できなかつたような事情があつた場合でなければならない、けだし生産管理は労働者がその爭議手段による外他に爭議手段をとることができず、しかも爭議を行わねばならぬという緊急状態において爭議の目的達成のため一時的に認めらるる補充的な爭議であるからである。
第三にその方法は平和的でなければならず暴力を用いてはならない。それが平和的であるかどうかは健全な常識を基礎とし社会理念によつて決しなければならぬ。
そもそも、爭議行爲として生産管理を認める所以のものは、現在の経済状態では労働者が同盟罷業や怠業を行つてもそれは徒らに賃金の不拂いを誘致し労働者の生活を窮地に追込むだけで、使用者にはさしたる苦痛を與えず却つて生産サボタージユを正当化する口実を與え生産資材の價格の高騰を待機させるだけであり、爭議手段としては全然無力化している。一方資本家において作業所閉鎖の爭議手段にでるときは、組合に資金がある場合の外労働者はその日から收入の道を絶たれ一家の生活はこれまで以上に苦しくなり労働手段をしても到底勝目のないものになる。かような労働爭議をするについての労働者の不公正な立場を除くためには、これまで通り作業を続けながら労働條件の改善等につき使用者と交渉するところの爭議行爲がなければならない。これすなわち生産管理でありここに生産管理の意義がある。しかし右労働爭議が私権の侵害を伴うものである以上その限度は最少限度にくいとめねばならない。この見地からして労働者は生産管理にいる直前における生産状態を継続するために必要な限度の機械、設備及び資材等を平和的な手段によつて占有し、善良なる管理者の注意を以てこれ等を使用し、経営者がこれまで行つていた経営方針に準拠して生産、販賣、経理、出納等を行うことが必要である。生産管理にいる直前の生産状態を継続するに必要でない機械、設備すなわち遊休の機械設備については、これを労働者は生産管理のためと称して占有使用しえない。若しこれらを占有使用するにおいてはその部分に限り違法であり、これは生産管理の範囲を逸脱するものであると解する。以上の限界の下に生産管理は適法なりと解し、右限界を超ゆるものは生産管理ではなく正当ならざるときは違法なる爭議行爲であると解する。
これを本件について観るに、被告人柿内、同山之上が切断したベルトの取付けてあつた帶鋸機は組合側が生産管理にいる直前の生産状態を継続するに必要な機械ではないから、労働組合において生産管理用の施設として占有使用しうべきものではなくましてこれに附置してあるベルトを切断しうる権限は同人等にはない。次に被告人大淵、同柿谷同藤田はいずれも薩摩木工株式会社の從業員ではなく、当事者として右労働爭議に参加しうるものでも生産管理をなしうるものでもない。のみならず右切断したベルトは会社の所有物であり、同労働組合及び同組合員の占有しうべき筋合の物でないことは以上認定のようであるから、森山がこれを取返した行爲は別段竊盜罪を構成するものではなく、被告人等がこれを取還さんとして、加えた暴行は正に違法な所爲であり、弁護人主張のような正当防衞にはなりえない。以上のような理由で弁護人の正当業務行爲なりとの主張並に正当防衞なりとの主張は、いずれもこれを採用することができない。
法律に照すと、被告人柿内、同山之上の判示行爲は暴力行爲等処罰に関する法律第一條第一項の数人共同して刑法第二百六十一條の罰を犯した場合に、被告人大淵、同柿谷、藤田の判示所爲は同法同條第一項の数人共同して刑法第二百八條の罪を犯した場合に該当するから、所定刑中各懲役刑を選択しその所定刑期の範囲内で被告人等を主文第一項掲記の刑に処し、刑法第二十一條により被告人大淵、綿谷、同藤田に対し、未決勾留日数中それぞれ主文第二項掲記の日数を右本刑に算入し、被告人柿内、同山之上については刑の執行を猶予する情状ありと認め、同法第二十五條に從い、本裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予することとする。
本件公訴事実中、被告人等が團体の威力を示して、昭和二十三年五月二十七日午前八時頃薩摩木工株式会社において社長森山明基その他係員が執務をなし尚工場長として下玉利正一を雇入れ作業を開始せんとした際同会社帶鋸機に取付けてあつたベルトを切断して、帶鋸機の使用を不可能ならしめ以て業務を妨害したとの事実については、判示認定のように右機械が久しく使用されなかつたものであり、右切断のため当面の業務を妨害した事実並に被告人柿内、同山之上に業務妨害の意思があつた事実はいずれも認められず、却つて当日同会社において木工場に限り業務を行うことができなかつたのは、労働組合側において生産管理を宣言した後会社側で自から鉋盤用ベルトを取外したためであり、右ベルトを切断したのに起因するのではないので結局業務妨害の事実についてはこれを認むるに足る証拠がなく無罪の言渡をなすべきところ、判示認定の事実と一所爲数法の関係あるものとして起訴せられたものと認めるから、特に主文においてこれが言渡しをしない。
よつて主文のように判決する。
(裁判長裁判官 鹿島重夫 裁判官 内丸廉 裁判官 中池利男)